6月, 2011年

平成23年6月 定例会議案第35号における討論

2011-06-30

議案第35号 市道路線の認定について

●提案理由の説明◎(芝田市長)
本件は、道路災害時における高瀬集落の孤立を防ぎ、また既存農業施設を含めた地域の活性化を図るために、高瀬天野線の市道認定について、道路法第8条第2項の規定により、本市議会の議決を求めるものでございます。よろしくご審議の上、ご承認賜わりますようお願い申し上げます。

反対討論(山口健一)

原案に対する反対討論を行わせていただきます。
本件は市道路線の認定についての議案でございますが、この路線の整備につきましては約40年前からの課題でありまして、地元であります高瀬地域の皆さん方や、関西サイクルスポーツセンターには大変長い間ご迷惑をおかけしてまいりましたことは事実でございます。したがって、今回の市営斎場建てかえ事業に係る高瀬地区環境整備事業5項目のうちの一つとして、高瀬地区の役員の方々のご苦労もあり、既に地区の合意がなされているとお聞きしております。
しかしながら、本件に係る現在の市の試算では事業費が約5億円と高額でもあり、過日、16日に開催されました都市環境・経済常任委員会での質疑を聞かせていただきましたが、次の疑問が払拭されません。
まず一つ、フルーツランド入り口から市道天野滝畑線までの本件市道の整備について、高瀬地区としては、会長さんもおっしゃっておられるわけでございますが、できる限り前方が見通せるルートで整備をしていただきたい、こういう条件を一つだけ出しただけでありまして、ルートの指定や工法については、我々は素人なので市のほうにお任せすると、こういうことで進めてきたと言っておられました。そして市のほうから、いろいろと検討したが、このルートがベストで、この方法しかないと言われたので合意をしておると、こういうふうにも言われております。ここまでは結構かと思うわけでございますが、問題は、今回議案となっているこのルートがなぜベストなのか、本当にほかの方法はないのか、一番大事なここのところの説明が議会に対して十分なされていないと考えるわけであります。少なくとも私は、このことを市民から聞かれても、今の知識と情報では答えることができません。
次に2つ目、関西サイクルスポーツセンターは、既に四十数年前のオープン当初から、地元である高瀬地区とは共存共栄のスタンスで歩んできた。今回の市道路線の認定について、市のほうから既に説明を受けたが、これは地元高瀬地区の総意なのでというのでこの案には何も言わなかった。市もこんなに厳しい財政状況の中で、橋をかけてのこのルートはだれが見ても首をかしげます。市、地元、地権者、皆がもっと負担やリスクを少なくする知恵を絞らないといけないですよ、今からでも見直せるならぜひお願いしたい、このように言われております。私も、全く同感ですと申し上げました。
また、市役所内でも、今回議案に上がっている路線にかけられる橋を、『夢の橋』とか『幻の橋』とか呼ばれているようですが、どういう意味なのでしょうか。このままでは余りにも地元高瀬地域の方々に申しわけなくさえ思います。
以上のことから、本件議案の趣旨については賛成いたしますが、フルーツランド入り口から市道天野滝畑線までのルート及び工法について、原案がベストであるという説明が不十分と考えます。したがって、このことについて再度詳しく説明を受け判断する必要があるため、現段階での本議案には反対いたします。

平成23年6月第2回定例会における質問要旨

2011-06-30

■要旨

件名1 多重債務者問題について
 要旨1 国による、「多重債務問題改善プログラムの「21年度及び22年度における改正貸金業法の完全施行までの取組みについて」の中で、総合的に問題解決の機能を発揮する観点から、自治体内関係課で緊密な連携をとり、多重債務者を発見した場合には相談窓口に連絡・誘導することが掲げられていますが、本市の取組について。
 要旨2 大阪府の多重債務者問題相談窓口である「貸金業対策課」との連携、連絡・誘導のシステムは機能しているか。

件名2 市民に見えにくい市政(市役所の姿勢)について
 要旨1 広報かわちながの23年4月号の配布について。
 要旨2 東日本大震災における市民からの心温まる支援物資の取り扱いについて。
 要旨3 部長マニフェストの検証結果について。
 要旨4 市役所の食堂はいつから再開するのか。
 要旨5 市庁舎敷地内全面禁煙とその後について。

質問及び答弁

■質問
件名2.市民に見えにくい市政(市役所の姿勢)についてお聞きします。
要旨1.広報かわちながの23年4月号の配布について、ことし4月号の広報紙でありますが、表紙をめくると市長の顔写真入りで「特集平成23年度予算「見える行政」「魅せる行政」で全面展開の年に」と題して、ことしは8ページにもわたって公表されております。まず、この広報紙が私の手元に届いたのが3月28日の朝でございました。本会議での議決が3月29日の予定なのに、議決前に23年度予算を特集記事として公表する。議会を余りにも軽く見過ぎているのではないですか。どのような考えなのかお聞きします。
続いて、要旨2.さきの東日本大震災における市民からの心温まる支援物資の取り扱いについて。市のホームページでは、震災発生から約1カ月後の4月14日まで、本市は市民個人からの支援物資の申し出については、市としての取りまとめはお断りしていますとなっておりました。そこで、まず1つ目、市民からの物資支援を富田林市や河南町などの近隣市では取次ぎしているのに、なぜ河内長野市は対応しなかったのか、あるいはできなかったのかお聞きいたします。次に、震災後1カ月以上が経過し、当時被災地では全国からの支援物資が充足しつつあることから、既に大阪府では4月8日、物資の支援を停止しているにもかかわらず、本市は何故こんなに遅れて、急に市民からの物資を取次ぎすることになったのですか、理由をお聞きいたします。3つ目、市では支援物資の受け付けを開始したのが5月6日です。被災者のためにも何故もっと早くできなかったのか。応援キャンペーンや出発式の準備で遅くなったのですか、どうもその辺がわかりにくいので、わかりやすく教えていただきたいと思います。

次、要旨3.部長マニフェストの検証結果について。このことについては、私は昨年の9月議会、ことしの3月議会と二度にわたりこれを検証・評価される市長に質問させていただきました。昨年9月議会の答弁では、このマニフェストは市長と各部長との約束事である、来年2月ごろにはきちんと検証・評価をし、市民の評価も得たいと、市長みずから答弁されました。そして、やっと去る4月28日に22年度の実績がホームページに掲載されました。がしかし、市長の検証・評価された結果はどこにもありませんでした。これを見て私は正直何かだまされた感がぬぐえず、市民目線とかけ離れたものを感じました。これでは、本会議での答弁も信用できませんので、この件の答弁はもう結構です。

次に、要旨4.市役所の食堂はいつから再開するのかについて。市はことし3月末、前経営者の営業辞退の意思を受けてから今日までどのような方法で新たな経営者の公募を行ってきたのか、まずこのことについてお聞きいたします。
質問は以上です。

●答弁 ◎市長公室長(中谷眞久)
私のほうからは、件名2の要旨3につきましては答弁必要ないということでございますので、件名2の要旨1につきましてお答え申し上げます。

通常、広報紙の配布につきましては、発行月の1日には市内全戸への配布が完了するよう、発行日の前々日から配布を行っております。ご質問の平成23年4月号の広報紙の配布につきましても、3月30日から配送業者が順次配布を始めております。一方、市役所来庁者や市各課に配布するための広報紙は28日に市役所に納品されました。かかる広報紙の配布につきましては、平成23年度の予算を掲載しておりますので、本来ですと3月議会の最終日である29日に予算案が可決されました後に配布するべきものでございました。議会を軽く見ているということではなく、常日ごろから議員の皆様を含め市の関係者には可能な限り早く広報紙をごらんいただきたいという思いを持っており、予算案可決前に配布してしまいました。
今後、このようなことのないよう徹底してまいりたいと考えておりますので、ご理解賜りますようよろしくお願いいたします。

●答弁 ◎市長補佐官(田和裕)
続きまして、件名2.要旨2についてお答え申し上げます。
大阪府を通じて物資支援ができないか調整を図っておりましたが、大阪府といたしましては事業所以外の一般からの支援物資は受け付けできないとの方針が出されておりました。また、市としての独自の物資支援につきましても、被災地の状況が把握できない中では実施が難しく、申し出をいただいた市民の皆様には、現状としては難しい旨をお伝えしておりました。
そのような中で、本市の職員が被災地支援の大阪府隊の一員として岩手県大槌町に派遣され、被災地の状況がわかるとともに、大槌町職員との連絡がとれる関係づくりができましたので、物資支援の要望について伺ったところ、レトルト食品や下着類、シャンプーなどの生活用品の申し出をいただきましたことから、5月の広報などでお知らせし、物資の提供はもとより、受付のボランティアや応援メッセージなど多くの皆様にご協力いただき、市民の皆様の支援の思いとともに大槌町にお届けしたものでございます。
ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

●答弁◎総務部技監(金岡光重)
私のほうからは、件名2.要旨4についてお答え申し上げます。
先日の個人質問でもお答えいたしましたとおり、本年4月末に食堂が急な閉店となりました。これらのことから、食堂跡のスペースも含めまして、庁舎機能において市民の方々が利用される上で狭隘となっている執務室の改善などの現状を踏まえ、検討する必要があると考えております。
ご質問の施設再開の時期につきましては、急な閉店でもあり、これら改善に要する費用も今後見積もりし、また内容によっては新たな予算が必要になってくることから、慎重に計画を進めてまいりたいと考えておりますので、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

■再質問
件名2の要旨1でございますが、今の答弁の中で、広報紙を早く見ていただくために早く配布したというような答弁がございました。これは理事者の答弁なのかどうか疑いたくなります。ここにおられる皆さんはプロの行政マンであると考えております。今回のことは行政のイロハのイであると思っております。担当副市長、この件についてどのように認識されているのかお聞きします。

●答弁 ◎副市長(田中満) 
これ、本来でございましたら議会の方で議決いただいた後で、記事もその後でつくって印刷して配布するということが本来の筋であると思いますので、本来でしたら5月の広報で配布するというのが本来の姿かなと思います。ですので、仮にこれ議員おっしゃるように4月1日に配布していたとしても、議決されたときに既に記事をある程度つくってないとそういうことできませんので、本来の姿にするのであれば5月にすべきかというふうに考えております。そういうことについても今後考えていきたいというふうに思っております。
以上です。

■再質問 
要旨1については、よろしくお願いしておきます。
次に、要旨2について再度お聞きします。個人からの支援物資を取り扱う決定を途中でされたわけですけれども、4月14日以前は受け付けしていなかった訳です。市民からの問い合わせや物資提供の申し出はそれまでにどれぐらいあったのか、教えて下さい。そしてまた、その後、その人たちにどのような事後対応をされたのかもお聞きします。

●答弁 ◎市長補佐官(田和裕)
山口議員の再質問にお答え申し上げます。
発生直後の件数でございますけれども、電話によりまして、詳しい件数はちょっと把握しておりませんが、数件の電話での問い合わせ等があったというふうに担当から聞いております。対応といたしましては、現在被災地との要請とかいうのがつけられないものですから、基本的には現時点では行っておりませんのでということで、お断りしていたという状況でございますので、よろしくお願いいたします。

■再質問
違います、違います。どんな対応かというのは、以前申出でを断った人達に、変更になった理由をどういうふうに説明されたのか。

●答弁 ◎市長補佐官(田和裕)
お断りしていた方のご住所とか連絡先等については当時把握していなかったものですから、基本的には、その方々個人あてにはこうなりましたというお返事はしていないのが現状でございますので、よろしくお願いいたします。

■再質問
もう結構です。議会終了後、私たちも被災地のほうへ向かう予定がございますので。
それでは、次に要旨4食堂の件に入らせていただきます。
まず1つ目、窓口業務を行っておる部署ありますよね。そこでは職員の勤務体制の面からも食堂はどうしても必要との意見が部長会議の中でも出されたようですが、市長なのか副市長なのかわかりませんが、食堂については別途考えがある、だからこの場では議論しないと言われたようですが、どのような考えなのかお聞きします。

●答弁 ◎総務部技監(金岡光重)
山口議員の再質問にお答えします。
今の部長会というのは、ちょっと今あれなんですが、そのときの話は、食堂を閉鎖すると窓口業務の職員はどうすればいいのか、ということやったと思うんですが、別の考えがあるというより、その場において論議することではないというお答えだったと思います。内容につきましては、食堂や執務室も含めてどういうふうにしていこうかということを総合的に考えていきたいということで、今検討中でございますので、よろしくお願いいたします。

■再質問
今検討中ということでございますが、市役所に食堂が本当に必要なのか必要でないのか、どちらなんですか。それだけお聞きします。

●答弁 ◎総務部技監(金岡光重)
必要でないかということになりますと、必要ではないことはないと思います(議場に笑い声)。

■再質問 
本市の市役所の食堂は建設当時、割高な建設費を使ってまで何で別棟にしてあるのかご存じですか、理由は、職員もさることながら来庁者や周辺の方々にも、業務に支障を来すことなく広く食堂を利用していただくために別棟にしてあるのですよ。さらには土・日曜日の閉庁時においても市民広場や来客駐車場において催しなど開催されたときは、単独でも営業可能な食堂にするためにということで、このような考え方でつくられたと、当時の関係者から聞いております。これまでの答弁を聞いておりますと、執務スペースが狭隘になってきているので庁舎スペースとしても検討するとか言っておりますが、本末転倒です。建設当初はスペースに余裕があったので企業局にも賃貸ししているじゃないですか。以前の特別職の部屋もあいておりますし、今後は消防本部のスペースもあいてくるし、どうしても執務スペースが足りないのなら、そこのところから見直していくべきと思いますが、考え方をお聞きいたします。

●答弁 ◎総務部技監(金岡光重)
再々質問にお答えします。
当初のコンセプトにつきましては、ちょっと今おっしゃった中身すべて把握しておりませんが、記録に残っておりますコンセプトから申しますと、今議員おっしゃったように市民のサービスの一環、また職員の厚生の一環として利用するという形であったとは思います。

■要望
いろいろと食堂を再開しない理由ばかりを言っておられるように感じるわけですけども、市民や職員に不便をかけないように、できるだけ早いオープンをお願いしておきます。

東日本大震災支援ボランティアに参加して

2011-06-30

平成23年6月26日午後3時、河内長野市役所を車で出発。高速道路を乗り継ぎ、約1300kmを走り、翌27日午前3時45分に岩手県遠野出口で降りる。少し休憩して、そこから一般道で釜石市に向かう。夜明けとともに午前6時頃、釜石市ボランティアセンターに到着。その後、約1時間程周辺の被害状況を視察。午前7時から8時過ぎまで車中で仮眠。8時30分にボランティアセンターでオリエンテーションを受け、我々は箱崎町にお住まいの、昭和6年生まれの一人暮らしのおばあちゃん宅が担当となりました。軽トラが必要と思いセンターにお願いしたら、新品の軽トラを貸してくれた。それに一輪車3台・角スコ3ケ・バール3ケを積み込み、箱崎町の現場に出発。9時30分到着後、おばあちゃんの指示どおり、津波で破壊されたガレキの撤去等を行う。終了後おばあちゃんからお茶を出していただいたが、その時、「あーこれで今晩からゆっくり眠れます、ありがとうございました」と喜んでいただき、仕事の疲れは吹っ飛びました。その後ボランティアセンターに帰り、近くに設営されていた自衛隊の仮設浴場で汗を流し、大槌町総合スポーツセンターに支援物資(Tシャツ)を運び込み、一日目が無事終了しました。

二日目は、まず避難所となっている釜石市中妻体育館へ行きました。老夫婦が二人で静かに身を寄せ合っていたので、「大阪から来ました山口です」と声をかけても中々話してくれませんでした。被災者の生の声を聞きたい一心から、私も正座をして話しかけるうちに、少しずつ口を開いていただきました。今、一番困っているのは何ですかとお聞きすると、「仮設住宅の抽選に何度応募しても当らないのですよ、そして何処で誰が、何人で抽選して何人当ったのか、情報を全く知らされないのですよ」と話されました。その事は取り合えず釜石の市議会議員に伝えておきました。帰り際に「山口さん、これ見せてあげる」と言って自分で撮った3枚の写真を見せてくれました。地震直後に、津波が来るといってカメラを片手に裏山に逃げた瞬間に写した写真でした。私は了解を得て接写させていただきました(↓写真)。その後、まだまだ不十分な仮設住宅を視察して帰路に向かいました。


福島原発事故(東電)の原因究明や復旧が全く進まない状況であるにも関わらず、政府は後手後手の、場当り的な対応を繰り返すばかりで、2万人に近い震災犠牲者の御霊に報う為に何をしようとしているのか?犠牲になられた多くの方々の魂は、今の日本国に何かを訴えているように思えてなりません。昨年の3.11以来、国内で続発する自然災害の種々。国においても真摯に考え直さないと、犠牲者の御霊は鎮まらないのではと考える毎日です。


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